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| 三瓶秋祭り |
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10月15日は収穫を祝う秋祭りが町内各地で行なわれます。
獅子舞、五ッ鹿踊り、稚児の舞、子供甚句などが街の角々を巡り、祭りを盛り上げます。
朝立、蔵貫、周木の各地区では「お練り」が行なわれます。祭神を大名になぞらえた行列で、毛槍、弓などの他、牛鬼、四ッ太鼓、唐獅子、甚句、五ッ鹿、稚児などが加わり、華やかで古式ゆかしい行事です。
お練り、また同日の夕刻に朝立地区で行なわれる牛鬼、四ッ太鼓のはち合わせ、夜に蔵貫地区で行なわれる御輿の宮入りは観衆を沸かせ、人々を祭りの世界に引き込みます。 |
◆ 国造神社のお練り
三瓶秋祭のお練りは、藩政時代の安政6年(1859年)吉田から練りの道具を購入した時からと伝えられています。 当時朝立地区の統治を行っていたのは吉田藩でした。この吉田藩は宇和島藩の分家であるため、宗家である東北の仙台藩に習ったものとされています。
現在のような練りとなったのは、廃藩置県の行われた明治4年(1871年)からで、以後行列に参加する練りが加えられ今日に伝わっています。
国造神社のお練りは、2頭で祭りそのものを先導します。大牛は明治4年(1871年)から揚地区、小牛は明治30年(1897年)から朴地区から参加します。 |
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| ▲金幣 |
▲奴さん |
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| ▲お稚児さん |
▲浦安の舞 |
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| 稚児は昭和2年(1927年)より行列に参加し、踊る「浦安の舞」は昭和16年(1941年)松山の護国神社より習ったとされます。揚地区、浜地区の女児が参加します。 |

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| ▲子供甚句(屋敷地区) |
▲唐獅子(岡市地区) |
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| 明治6年(1873年)八幡浜の日土から踊りを習ったとされます。屋敷地区から参加します。 |
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明治16年(1883年)八幡浜の五反田から踊りを習ったとされます。岡市地区から参加します。 |

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| ▲五ッ鹿(客地区) |
▲五ッ鹿(浜地区二区) |
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| 明治4年(1871年)宇和の小原から踊りを習ったとされます。客地区と浜地区二区から参加します。ルーツは仙台地方から。 |

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| ▲神輿 |
▲神輿(浜地区三区子供) |
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当初一体でしたが、明治4年(1871年)揚地区、浜地区に一体づつ出来て三体になりました。
明治43年から明治45年にかけての廃仏毀釈により五社(宇都宮神社・客神社・大元神社・一宮神社・大原神社)を国造神社に合社されたため、以後三体の神輿には、
五神交代で乗られています。 |
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昭和30年(1955年)三区に子供神輿、七区に樽神輿ができその後、昭和55年(1980年)に神輿になりました。 |
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| ▲四ッ太鼓(浜地区二区・三区) |
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| 当時の庄屋の長子が7才で乗ったため現在もこの年齢の子が浜地区(二区・三区)の大正10年(1921年)頃よりニ台になった四ッ太鼓に4人ずつ乗ります。 |

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問い合わせ先 |
:三瓶教育課
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電 話 |
:0894-33-2470 |
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