【報告】四国西予ジオパークの新規指定サイトをご紹介します

更新日:2021年08月17日

令和3年度四国西予ジオパーク推進協議会総会で、新たに6つのサイト(うち1つは分類の変更)が加わることになりました。このページでは毎月1つずつ新規指定サイトをご紹介します。

【更新情報】
8月17日 「笠置峠古墳」を更新しました。
9月17日「笠置街道(八幡浜街道笠置峠越)」を更新しました。
10月15日「ナルタキ古墳群」を更新しました。

笠置峠古墳

サイトの種類:文化サイト、 エリア:肱川上流エリア(宇和町岩木)

古墳時代前期(4世紀前後)に作られた全長47mの前方後円墳です。宇和と八幡浜の間にある笠置峠に隣接する標高411mの高所に位置します。
宇和盆地一帯をおさめた首長の墓で、発掘調査と研究によって、墳丘上で飲食を伴う葬送儀礼が行われていたことが復元されています。

この古墳が作られた背景には、宇和盆地がいち早く稲作を受容し、それを基盤とした生活を継続し展開させてきたこと、九州と瀬戸内の文化を受けいれる先進地であったことがあります。宇和盆地は、古代南予の政治経済文化の中核をなしていたのです。
南予の前方後円墳は笠置峠古墳を含め3基が知られており、すべてが宇和盆地に集中しています。宇和盆地の歴史的役割を考えるうえで、重要なサイトです。

笠置峠古墳の写真1
笠置峠古墳の写真2

笠置街道(八幡浜街道笠置峠越)

サイトの種類:文化サイト、 エリア:肱川上流エリア(宇和町岩木)

宇和盆地と八幡浜をつなぐ峠道です。室町時代には、この街道を介して交流があったことが知られています。街道沿いには、近世から近代の石畳、遍路の墓、峠の地蔵などが残り、峠には登ってきた人が休憩できる茶屋もありました。

庶民はもちろん、僧侶、武士、藩主、遍路など様々な立場の人々が行き来した道で、二宮敬作、楠本イネも通った可能性があると言われています。

地域間の盛んな交流を今に伝え、歴史上重要な移動経路として活躍した街道として、文化サイトに新たに指定しました。地元団体による保全が熱心に行われ、ウォークイベントや笠置峠古墳とあわせた利活用が進められています。

笠置街道の写真1
笠置街道の写真2

ナルタキ古墳群

サイトの種類:文化サイト、エリア:肱川上流エリア(宇和町岩木)

宇和町岩木の標高約270mの河内谷山麓の緩斜面に南面して立地する古墳時代後期の古墳群です。9号墳まで確認されており、現状でも北に隣接する2号墳のほか、西の3号墳など複数の古墳が確認できます。

このうち1号墳は6世紀後半に築造された直径約13~14mの円墳です。石室からは須恵器、鉄刀、玉類などが出土しています。須恵器のうち装飾付壺は南予で初めての出土例です。装飾大刀や豊富な装身具の出土は、1号墳の被葬者の地位が高いものであったことを示しています。

こうした事実から、ナルタキ古墳群は宇和盆地における有力勢力が一定期間営んだ墓域であったと考えられています。

発掘調査前の河内奥ナルタキ1号墳・2号墳の写真
河内奥ナルタキ1号墳の石室の写真

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