西予市の暮らしを時代、地域別に紹介-弥生時代の宇和(1)
宇和町の永長上横田遺跡からは、弥生時代のはじめころの土器や石器が見つかっています。土器の種類には、煮炊き用の甕や貯蔵用の壺がありますが、そもそも壺は縄文時代にはなかったもので、稲作文化とともに朝鮮半島から北部九州に伝わったものです。上横田の土器は、北部九州からおそらくは東北部九州を経て伝わったものだと思われます。
出土した石器には、石庖丁の破片がありました。包丁という名前が付けられていますが、石庖丁の機能は稲を摘み取る収穫具だと考えられています。つまり当時、宇和盆地で稲作が営まれた証拠の一つとなるものです。
土器は各地で普遍的に出土し、時代や時期、地域によって形が変わるため、考古学では所属する年代を判断する材料とされています。上横田から出土した土器を見てみると、弥生時代前期初頭から後半頃のものだと判断されます。つまり、宇和盆地には弥生時代の初めころに九州から稲作が伝わり、その後も連綿と稲作を営む遺跡が営まれていたということが言えるのです。
以前、本欄で紹介したように当地と九州との交流は縄文時代からあり、その流れの上に稲作が伝わりました。以後、宇和盆地は南予の中核的な存在になっていきます。
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更新日:2026年10月29日